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日本の一人勝ちの時代へからの続きですね。

石油危機が発生すると世界の経済が悪くなります。

なぜ、石油危機がきっかけで一人勝ちになったのか。

それは日本は、経済を立て直すのが欧米企業よりも
早かったのです。

先進国の企業より早いということは、世界全体でも
早いと思います。

石油危機発生から三年以内は、貿易収支は赤字ですが、
それ以外は急速に黒字化されていきました。

黒字化で勢いがある日本に対して、欧米諸国は赤字を
し続けているので、日本の輸出に規制を掛けることに
なりました。

他の国からの規制はいけないということなので、
日本が輸出自主規制を促したのです。

欧米との通商摩擦というものが起こっていたのです。

このとき、日本企業が行ってきた輸出主導型の国際
戦略の展開が困難になったのです。

これまでの日本が輸出していた物に通商摩擦が
いくつかあります。

日米間との通商摩擦製品

繊維製品(1962年~)

鉄鋼製品(1966年~)

カラーTV(1968年~80年)

工作機械(1978年~94年)

自動車(1981年~94年)

半導体(1985年~)

日欧間の通商摩擦製品

鉄鋼製品(1972年~)

VTR(1983年~86年)

工作機械(1981年~)

自動車(1981年~)

半導体(1986年~)

これまでの製品が摩擦が起こっていました。

日本は通商摩擦への対応策は、
自主規制を主流に規制市場での現地生産を
行いました(組立中心)。

あとフロアープライス制というのがあります。

それは工作機械産業のことで、今の日本の
経済を支えている産業の一つです。

工作機械は日本が世界一だそうです。

こんな風に規制など掛かっても日本の貿易収支は
ますます黒字になるばかりでした。

日本企業は輸出数に制限があるので、少なくても利益を
上げる為に輸出製品を上級にしました。

高級製品シフトに伴う輸出金額の増大と現地生産組立で、
ますます対日貿易収支が赤字になる欧米。

そこで、1985年欧米はプラザ合意による
円高・ドル安の為替調整に踏み切ったのです。


一ドル79円になったときには
日本は輸出競争力は低下しました。

しかし輸出は今でも世界一です。

それはなぜなのか?はいつかまた。
調べてみるのもいいかも知れません。

これで連続の日本の経済歴史を終わらせて頂きます。












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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

コメント

No title

バブル崩壊の要因になったプラザ合意ですね

>>しすけんさん

バブル崩壊はプラザ合意も一部です。

もっとも重要な要因は、政府の政策での、
土地を買うための資金を銀行から借りる
ことが出来なくなったことですね。

これによって土地の値段が下がらないと
いう神話が崩壊して。

借金して土地を買ったときより値段がさがり、
銀行の不良債権がぞくぞく発生していきました。

今でいうサブプライムローンと一緒ですね。

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